【くにぼめ日本遺産】(1) 宮城の"伊達"な文化   伊達政宗以来、仙台藩は東北地方ならではの文化の復興を図りつつ、桃山時代の意匠を取り入れ、個性豊かな...

共同通信
瑞巌寺のきらびやかな孔雀の間=宮城県松島町瑞巌寺のきらびやかな孔雀の間=宮城県松島町

 伊達政宗以来、仙台藩は東北地方ならではの文化の復興を図りつつ、桃山時代の意匠を取り入れ、個性豊かな文化を築いた。宮城県の仙台市や多賀城市、松島町などに散在する構成文化財は「政宗が育んだ"伊達"な文化」として日本遺産に認定されている。

 仙台から仙石線に乗り、本塩釜駅で下車。近くの港から、日本三景のひとつで、構成文化財の松島を巡る観光船に乗り込む。船から見る数々の小島を、俳人松尾芭蕉も目にしたのだろうか。鐘島、仁王島、双子島など趣のある島の品定めで気持ちを湧き立たせ、約50分で松島海岸に到着。目の前には国宝の瑞巌寺(松島町)がある。
 この禅寺は再興時、政宗の指示でたくさんの金地の障壁画を取り入れた。きらびやかさに感嘆していたら、枯淡の味わいの水墨画に遭遇し驚かされる。「派手と質素の共存こそが伊達流」と案内係が解説してくれた。

 政宗と代々藩主は、多くの和歌にうたわれた名所・旧跡「歌枕」の保護、整備に努めた。多賀城市には有名な「末の松山(すえのまつやま)」「興井(おきのい)」が今に伝えられている。互いに目と鼻の先の距離にあり、"写真映え"はいまひとつの松と池だが、百人一首にも登場する歴代歌人たちの憧れの的だったと知ると"心に映える"。
 この地には奈良・平安時代、国府として多賀城があった。跡地には8世紀の碑が置かれ、歌枕「壺碑(つぼのいしぶみ)」として文化人に愛されてきた。芭蕉も訪ね、この碑に涙を流さんばかりに感動したと「おくのほそ道」に記している。
 一見派手な伊達な文化だが、芯には歴史を重ねた味わい深い美意識がある。