ほのぼの笑いの集い 11/20まで 茨城県北芸術祭(KENPOKU)
47文P編集部「KENPOKU」の愛称で親しまれる茨城県北芸術祭が、同県北部の日立市など6市町を会場に開かれている。地域活性化という社会的課題に文化の力でどう取り組むのか、文化プログラムとしての成果が期待される。「芸術」という堅苦しい言葉に身構えながら各地に点在する作品の鑑賞を始めても、のどかな田園や山、森、砂浜の日常風景と、非日常的な現代美術作品の不思議な共存を目にして湧き起こるのは、ほのぼのとした笑いだったりする。
▽鉛筆の建物
JR磯原駅から無料巡回バスで約20分。北茨城市の太平洋を望む五浦の断崖に立つ六角堂は、日本近代美術の指導者、岡倉天心が思索にふけったという、六角形のとんがり屋根の鉛筆のような建物だ。東日本大震災で壊れたが、2012年に再建された。眼前に広がる青い海原と空、岩場で砕け散る白波、そして潮騒と美しい自然がそろった景勝地だから、一年中観光客が絶えない。みな、絵心ならぬ写真心を刺激されるのも当然か。
ここから程近い天心記念五浦美術館は、日本画の傑作をじっくり鑑賞し、日本の美意識を体感できる場所。そんな同館のKENPOKUで展示しているのが、デジタル技術で表現された花鳥風月だ。作り手は、国際的に活躍するデジタルアート集団「チームラボ」。
▽おかし!
例えば作品「生命は生命の力で生きている」は、趣のある小枝に花が咲き、そして散り、蝶が舞う様子が立体的な動画で映し出される。日本の絵師や画家が描いてきた美しいもの・ことを、コンピューターなどの最新のデジタル機器を使って表現している。その極細美は、もはや人力のみでは表現できない領域かもしれない。モニターの中で動く本物そっくりの蝶の画像を捕まえようとする幼い鑑賞者の姿と、日本美とデジタル技術の絶妙な融合による斬新な日本美術を目撃すれば、「いとおかし!」の笑みが自然とこぼれる。
もう一つ、人垣ができる話題作が、暗闇の茶の湯「小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々」。骨組みだけの小さな茶席で茶を振る舞われる趣向で、茶碗の中の抹茶には、色とりどりの花の絵が投影される。その雅さ、かわいさに正客も見学者も「わーっ、きれい」。感嘆のままスマートフォンなどで撮影を試みるが、はかない光量のために記録不可。デジタル生まれながら、デジタルで簡単に残せない日本美は、記憶でしかすくい取れないようで、ただじっと見詰めるしかない。
▽クジラ
高萩市の高戸海岸には、家族連れやカップルの鑑賞者を呼び寄せる作品がある。ウクライナ生まれの作家イリア&エミリア・カバコフ夫妻による「落ちてきた空」。広々とした砂浜に置かれた、テニスコート半面ほどの巨大なキャンバスには、青空と白い雲が描かれている。両手を腰に当て眺める人々の様子は、まるで打ち上げられたクジラと対面しているよう。海からか、空からなのかの違いはあれど、変わった"お客さん"を迎える心と行動を誘発する美術は、風土への好奇心を湧き起こし、活気をもたらしてくれそうだ。
茨城県北部の作品を巡るKENPOKUでは、遠方からの鑑賞者を無料巡回バスでもてなしてくれる。人気作品の一つ、森山茜さんによる御岩神社のインスタレーション「杜の蜃気楼」は、JR日立駅発から無料バスで約30分の山間にある。普段は静かな社も、KENPOKU期間中は初詣のように家族連れやカップルで賑わう。
▽竜の抜け殻
水色に光る長方形の箱形の作品が高木の林に高く掲げられている。素材の逆三角形の極薄フィルムが風にひらひらするさまは、うろこのよう。鑑賞者たちが「何かの生き物」「カーテン」などと笑いながら評する声は周りの人を、それぞれの見立て合戦にかき立てる。例えば、「これは竜の抜け殻に違いない」。
KENPOKUの展示作品は、気取り、てらい、もったいぶりなどと無縁だ。それは、茨城県人の気質と似ている気がする。みなと一緒の幸福感に満ちた笑いを引き出され、そうしてほのぼのと茨城が好きになる。
ホームページはhttp://www.kenpoku-art.jp